1. 沿革/1台のミシンから始まった

写真:1951年

1951年 船井電機の前身

創業者の船井哲良が24歳のとき、ミシンの部品や完成品の卸問屋として「船井ミシン商会」を設立。従業員数名の個人商店としてスタートしました。

同社はその後、ミシンの自社生産と海外への輸出事業を展開し、着実に業績を拡大させていきました。

1961年 船井電機の誕生

船井ミシン商会は1959年に社名を「船井軽機工業株式会社」に変更し、新たにトランジスタラジオの生産に着手しました。

その後このトランジスタラジオ事業が急速に拡大したため、同部門を分離独立させて誕生したのが「船井電機株式会社」です。

写真:1961年

図:FPS

1970年代 経営危機からの転換(FPSの産声)

変動相場制への移行により円高が進み、輸出中心の当社は大きな打撃を受けました。

この状況を打開するため、トヨタグループの日野自動車(羽村工場)へ幹部社員が研修に行き、そこで学んだトヨタ生産方式から、当社独自の生産方式であるFPSを構築しました。

1980年代 脱オーディオ─事業多角化へ

この頃、会社設立以来の中核事業であるオーディオ製品にかげりが見え始めました。

このため、映像機器や情報通信機器、生活家電など事業の多角化へと大きく舵を切りました。なかでも、ビデオやブラウン管テレビ等の映像機器は、後に当社の成長を牽引する主力事業となりました。

写真:1980年代

写真:1990年代

1990年代 業績拡大への布石

1990年代初頭、国内外の生産拠点では円高や人件費高騰などによる競争力の低下がみられたため、低廉で豊富な労働力を活用できる中国へ進出しました。

またこの頃、米国ウォルマート社との取引が始まったことで大きく業績を伸ばし、1999年には大阪証券取引所市場第二部、翌年には東京ならびに大阪証券取引所市場第一部への上場を果たしました。

2000年代 時代変化への対応

これまで売上を牽引してきたビデオやブラウン管テレビに代わり、DVDや液晶テレビなどのデジタル製品が主力製品となりました。

2008年には創業者の船井哲良(写真左)が執行役会長に、林朝則(写真右)が代表執行役社長に就任しました。

写真:2000年代

写真:2010年代

2010年代 新たな時代へ

船井電機は2011年で創立50周年を迎えました。

デジタル化に伴う競争環境の激化などにより、今まで以上に変革が求められています。

新規事業の展開や市場開拓に加え、生産拠点の再編、そして人財の育成などにより、さらなる飛躍を目指していきます。